父のマグヌス・フォン・ブラウンは、男爵で、ドイツ各地に土地を所有しており、裕福な家だった。
母のエミー・フォン・ブラウンの実家も貴族の家柄で、親戚には学者もいた。母のエミーは数ヶ国語に通じており、アマチュア天文学者だった。
ブラウン博士は、12歳の時には、ロケットの実験をするような子供だったが、事故を起こしたりして、ヴァイマールのエッテルブルクにある、寄宿学校のヘルマン・リーツ校に入学させられた。
1925年、雑誌の記事から、ヘルマン・オーベルトの「惑星間空間へのロケット」と言う本を知り、注文して読み始めた。
その本の最初に、オーベルトの以下の4つの信条が書かれていた。
(1)現在の科学と技術の水準で、地球の大気の限界を超える機械が製作できる。
(2)さらに改良をかさねれば、この機械は宇宙空間に飛び出す速度を獲得できる。さらには地球の引力を振り切ることも可能である。
(3)このような機械は、人間を乗せるようにできる。
(4)このような機械は、数十年以内に製作可能であろう。
(参考図書)
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